口絵写真解説

空から見た岩手山

千葉達朗*・和知 剛**

Airial view of craters of Iwate volcano

Tatsuro CHIBA*, Takeshi WACHI*


*アジア航測株式会社防災部,**アジア航測株式会社地質部

  〒243-0014 神奈川県厚木市旭町5-42-32
  Asia Air Survey co., ltd.,5-42-32,asahi-cho,atsugi-city,Kanagawa,243-0014 JAPAN


はじめに

 急激な地震増加をうけ,1998年4月29日に岩手山に関する臨時火山情報第1号が出された.その後も,有感地震や低周波地震・火山性微動が観測され6月24日に臨時火山情報第2号が出された.そのなかで噴火の可能性が示唆され,岩手山の山開きは中止となった.ここでは,1997年10月23日に撮影した,岩手山の斜め空中写真を紹介する.好天に恵まれ,興味深い地形を観察することができた.  

 岩手山は盛岡市の北西約30kmに位置する岩手火山群の東縁,火山フロント上の活火山である.東側は美しい円錐形をしているが,西側には古い山体が連なっている.その非対称さゆえに,南部片富士とも呼ばれている.岩手火山群という場合には脊梁山脈の三ツ石火山から東方に約12kmにわたる大型の成層火山の配列をさす(中川,1987;土井,1991a).

地形

 岩手火山は,地形地質的に西岩手カルデラ(鬼ヶ城カルデラ)をはじめとする開析の進んだ西側の山体(西岩手火山/旧岩手火山)と,その東側のほとんど開析を受けていない円錐形の山体(東岩手火山/新岩手火山)に区分される.東岩手火山(新岩手火山)山頂の薬師岳は,標高2038mに達し,直径約500mの薬師火口内には,比高約60mの妙高岳火口丘がある.妙高岳火口丘と薬師火口西縁との間には,長径200mの御室火口がある.この東岩手火山の北〜東側の山腹斜面は開析をほとんど受けていない.

 西岩手火山の鬼ヶ城カルデラの稜線の標高は1470〜1890mで,カルデラ底との落差は200〜300mにも達する.そのカルデラ内には御苗代中央火口丘.御釜溶岩円頂丘および大地獄谷火口が存在する.西岩手火山体の北側および南南東側斜面には深い谷が発達する(図-1).

図1 岩手山地形概略

形成史

 岩手火山はソレアイト質玄武岩〜玄武岩質安山岩からなる大型の第四紀火山で,西岩手火山は約2730万年前から,東岩手火山は約3万年前から活動を開始した.岩手山は,約20万年前から現在に至るまでに,山体崩壊と火山体の再生とを少なくとも7回繰り返してきた(土井,1991a, b).本火山の活動は,西岩手第1,第2,第3および東岩手活動期の4期に分けられる(中川,1987).

1)西岩手第1活動期

 西岩手成層火山体の形成期で,大量の玄武岩質安山岩の溶岩と火砕岩が噴出し,同質の放射状岩脈も貫入した.その後,15万年くらい前に西岩手火山南東部が山体崩壊し鬼又カルデラが形成された.さらに,およそ6万年前に山頂部が大きく陥没し,西岩手カルデラ(鬼ヶ城カルデラ)が形成された.このカルデラは,東西約2H,南北約1.3Hで北西方向に開口している

2)西岩手第2活動期

 山体南東部の鬼又カルデラ内を満たして玄武岩質の噴出物が活動した.

3)西岩手第3活動期

 3〜5万年前に西岩手カルデラ(鬼ヶ城カルデラ)内に御苗代火口丘と御釜溶岩円頂丘が形成された.現在見られる御苗代湖と御釜湖はそれぞれの火口湖である.これらの活動によって篠ヶ森火砕流が山体の南西麓に流下し,雪浦降下軽石が北東麓に降下した(土井,1991c).  

 約6,000年前に,東岩手火山の中心火道を含む山頂部の崩壊し,東岩手カルデラが形成された.このカルデラは東西約1km,南北約1.5kmの東方に開いた馬蹄形カルデラで,現在その南部分と西部分だけ残存している.このカルデラ形成に由来する平笠岩屑なだれ堆積物は本火山の北東方に広く分布している(土井,1991c).

4)岩手活動期

 さらに東岩手カルデラ内および山腹を噴出中心として玄武岩質の火砕岩および溶岩が活動し,東岩手火山体が形成された.このうち薬師岳溶岩および火砕岩類は主として北東側に広く流下したが,一部はカルデラ西壁を越えて西岩手カルデラ内に流入した.

岩手火山における有史の活動

1) 平安時代から江戸時代の間の1時期の活動

 尻志田スコリアの噴出後,薬師岳火口の一部が崩壊し,東岩手火山の東部山麓に一本木原岩屑なだれとして流れ下った(土井ほか,1991abc).

2) 1686(貞享3)年の活動

 山頂火口から刈屋スコリアを放出した.北東と南東を向く2本の分布軸を持つが,大部分は,北東方向に降下している(土井,1991a).

3) 1732(享保16〜17)年の活動

 東岩手火山における北東部の山腹に4箇所の側火口が開き,小規模なスコリア丘列が形成された.そのうち最も低い位置の第4火口から焼走り溶岩流を噴出した.最近になって,噴火年代が1719年ではなく1732年であることが明らかにされた細井ほか,1993).

4) 1919(大正8)年の活動

 1919年(大正8年)に西岩手カルデラ内の大地獄とよばれる噴気地域で小規模な水蒸気爆発が起こった.火口の直径は10m程度で,火口周辺では数cmの降灰やこぶし大の噴石が確認された.

斜め写真についての解説 

1.東方上空からみた,東岩手カルデラと薬師岳中央火口丘.この馬蹄形カルデラは,東岩手火山の中心火道を含む山頂部の崩壊で生じたもので,その堆積物は平笠岩屑なだれ堆積物である.カルデラ形成後,薬師岳中央火口丘噴出物に覆われたため,カルデラ崖は薬師岳の南側と北西側にある一部を残すのみである.薬師岳は東岩手カルデラ(土井,1991b)の中に成長した火山で,中央火口丘は直径約500mの火口をもつ.

2.西方上空からみた,西岩手カルデラの馬蹄形カルデラ(鬼ヶ城カルデラ)と薬師岳中央火口丘.カルデラ内には,二重式火口を持つ御苗代中央火口丘,御釜溶岩円頂丘,大地獄谷中央火口丘が存在する.大地獄谷は熱水活動による変質が著しく,裸地が広がっている.御苗代中央火口丘噴出物は大地獄谷中央火口丘噴出物を覆っており,御苗代中央火口からは,手前(西側)に向かって左保沢溶岩,焼切沢溶岩が流下している.西岩手カルデラ内から噴出した降下火山砕屑物としては,生出黒色火山灰,雪浦軽石が,火砕流としては,篠ヶ森火砕流堆積物,金沢火砕流堆積物が報告されている(土井,1991c)

3.南西上空からみた,東岩手火山の薬師岳中央火口丘.薬師岳中央火口丘内の妙高岳は,南東斜面と,南斜面にあたる御室火口東壁で噴気があり,火砕物が変質作用により白色化している.手前の崩壊地の最上部に見える溶岩流の基底は,南東方向に傾いている.溶岩流の下位には変質をうけた西岩手火山の山体が認められる.

4.南方上空からみた,薬師岳中央火口丘とその火口内に形成された妙高岳.さらに妙高岳を切って御室火口が形成されている.御室火口内部では,妙高岳を構成する降下火砕物と溶結降下スコリアの互層が認められる.薬師岳中央火口丘での噴気は,外輪山壁,火口原,妙高岳南東斜面において認められる.

5.薬師岳中央火口丘西縁からみた,西岩手カルデラと御苗代湖.御苗代中央火口丘には,直径450mの火口がありその中にさらに小さな中央火口丘がある.その頂部にさらに長径150m,短径100m程度の楕円形の小火口がある.小火口西側の火口壁は途切れて火口に続いている.これに水をたたえたのが御苗代湖である.御苗代中央火口丘の東に接して,径が60m程度の御釜溶岩円頂丘がある.火口には径40mの御釜湖がある.この位置からは木に囲まれて水面を確認することはできない.

6.西方上空からみた,西岩手カルデラ内の大地獄谷火口付近.この付近が,西岩手カルデラ内で表面現象が最も活発なところである.土井(1991c)は,ここに火山体を確認し,大地獄谷中央火口丘とした.頂部には不明瞭な2つの水蒸気爆発火口がある.1919年(大正8年)7月15(16?)日に,水蒸気爆発が発生し,直径約10  mの火口を生じた.1970年の測定では,大地獄谷で最も活発な噴気口の温度が133度,H2Sガスが18.7vol.%,SO2が2.0vol.%であった(気象庁,1972)

7.薬師岳中央火口丘西縁からみた,西岩手カルデラ壁(鬼ヶ城)を構成する溶岩流と降下火砕物の互層.火砕物は赤色酸化が著しい.また,それらを貫く岩脈群がみられる(火山基本図上での計測では,走向はN60°W).

8.西方上空からみた,1732年噴出の焼走り溶岩流と噴出源である4個の火口.火口列の並びの方向は,N60°Eである.溶岩流は最下部の第4火口から噴出した.海抜約970mの山腹斜面から噴出した溶岩は東北東へ流下し,海抜575mにまで達した.溶岩流の延長は約2.8km,幅は末端部の最も広い部分で約1,050mである.

 

参考文献